忘れがたい諸々の
最初に(言い訳)
ここのヌシが:
 1)家事が苦手。
 2)盛りつけってナニそれ食えるのか。
 3)そのとき脳内8割を占めたことを衝動的に書く。
 4)「です」「ます」という文体を基本的に知らない。
 5)リンク/お気に入りに入れるも外すもシャディー・アズ・ユー・ライク。(*)
 6)渡されたバトンは必ず落としてしまう。
 7)トラックバック・コメントのお礼のトラックバック・コメントは要らない。(**)
 8)1)~7)から推察される通り、30代も半ばを過ぎてかなりアレな人物
(である)ことを念頭に置いてお読みください。むしろそう読むがいい。ああ、読むがいいさ。


(*)どちらも断りは不要です、そういうものだと思っております。
(**)TB,CM元からお越しくださった方、ありがとうございます。お気持ちだけいただきます。あ、ただ逆の場合こちらからのお礼コメントはさせてください(←)
(***)今思いつきと勢いでこれを書いているので後ですぐ消すかもと思うと文章を考えた時間が無駄に思えてなりません。
     
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あわわ
2007年10月21日 (日) 11:17 | 編集
業務連絡!じゃなくてお詫びです。
ぴよさん、ごめんなさい。
スパムコメントを削除したつもりでぴよさんのコメントを消してしまった!!
ごめんなさいー!
スパムとぴよさんのコメントに、同じ削除IDが振られていたのですが、むがーーー。
もしお手数でなければ再送くださるか、念で送っていただければ幸いです。

とりあえず引っ越しして初おねしょ、までは透視能力で読み取れました。
なにはともあれご竣工おめでとうございます。
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ほっぺちゃん
2007年10月21日 (日) 03:32 | 編集
 2ヶ月半ばのY、さかんに笑ってもう愛くるしさこの上なし。
でもこの上なし、といいつつその「上」がこれからどんどんあがってくるんだからもう。

Yがあっぐー、あぐー、あっぐーとなにやら盛んに話しかけてくるのに「あっぐー」で答えるとニヤリ、と笑っているのだがこの「あっぐー」は何の意味があるのか。
ミナゴロシだったらどうしようと思いつつも会話は欠かさない。あっぐー。

最近Yのツボらしいあやし言葉は「YちゃんYちゃんほっぺちゃん」である。
これをリズムをつけほっぺ、ほっぺ、鼻の順でちょんちょんつつくようにするとアグッハーと笑うのだ。
ほっぺちゃん、なのに鼻をつついていいのかといった疑問は軽く無視。

とにかくこのただ一言「アグッハー」を得るためだけに大人たちが日夜くるったように声を裏返しては「YちゃんYちゃんほっぺちゃーん!」を繰り返している様子…世も末の感。
 
ク…
2007年10月21日 (日) 03:10 | 編集
 さきほどUが泣きながら「ママー、濡れちゃった」といって起き、おねしょ申告。

ヒーッヒヒヒ、大丈夫さ先日買ったおねしょパッドよ、今日こそその真価を発揮するがいい!!
…と悪魔のように笑いながら起きたら。

きれいに敷かれた毛布の上でやってくれていた。

おねしょパッドには1ccたりとも到達していなかった。
夜中に毛布を洗濯していまに至る。
どうにもままならん。
 
最近のU
2007年10月18日 (木) 00:03 | 編集
 先月末で106cm, 18kg。

 幼稚園生活2ヶ月目、ようやく楽しく通えるようになってきたようだ。
一緒に遊ぶ友達が増えているようで、家に帰ってからの報告もいろいろ楽しい。
「早く寝ないと明日寝坊して幼稚園いけなくなるけど、どうする?」
と聞けば慌てて寝室へ飛び込む。
字も計算も時計も日付も覚えるのが楽しいようだ。
○曜日の○時にXXしよう、と言うとよく覚えていてその日の朝「今日の○時、XXするんだよね」などと言ったりする。

 兄生活も2ヶ月目、いよいよ赤ちゃん返りも激しくなってきたようだ。
聞き分けはいいのだがイタズラもおねしょも駄々も激しい。
イタズラと駄々は聞き分けの良さとは正反対のようだが、悪いときはつまり「本当にいけないとわかっていてやっている」のだ。
観葉植物の葉をちぎったり、カーテンにペンでイタズラ書きをしたり、大声で喚いたり、寝る時間なのにもっと遊びたいと泣いて怒ったり。たしなめたり怒ったりすると逆ギレしてダンダンと床を踏みならしたり。

構ってほしい、だけどUの母たる私はYの世話で100%Uに向き合ってあげられない。「ママにはあまりあれこれ言ってはいけない」それをわかっているだけに、みんなの気持ちがU以外にいっているときにとんでもないことをしでかす模様。
指しゃぶりも始まった。

 おねしょは4歳を過ぎてから、つまりYが産まれた頃以降のほうが回数が増えている。
いまや2週で3回ぐらいのペース。
3歳前からおねしょはほとんどなくなっていたので布団もクリーニングをして、打ち直しをして…と思っていたのだが、すでに濡れ雑巾で叩きすぎて表地がボロボロである。こんなのだして平気かなあ…。
ここへきて、ようやくシングルのお布団をすっぽりカバーできる大判のおねしょパッドを買った。

 なるべくUに全力で向き合える時間を作りたい、とは思っているのだがいたずらや癇癪の度が過ぎて、時折怒りの余り目を合わすのも億劫だ。
かわいくてしょうがないのに、全力で遊べば改善されるとわかっているのに、それができない自分がいる。
寝るときに「抱っこして」とちょっと恥ずかしそうに言うUをぎゅっと抱きしめてあげることがあるのだが、そうすると小さい声で「わーい」といっているUに良心を痛める私である。

 「何度か赤ちゃん返りの波がありますけど、それを乗り越えてお兄ちゃんになっていきますからね」と、以前通っていた保育園の先生がおっしゃっていたけれど、これがまず第一波なのかなあ。
あまりぶりぶり怒らず乗り越えたいなあ。
と思うそばから大人気なく怒ったりして、ほんとうにどっちが4歳児なんだか…。
 
免許更新
2007年10月17日 (水) 23:18 | 編集
 初めての免許更新に行ってきた。たまたま同じ月に免許更新で、別件で有給をとっていた相方と一緒に、Yを連れて。
Uは幼稚園の時間外保育に預けることにした。(おやつが出るからか?Uは大喜びである)

 府中免許センターに行った。
免許発行時も思ったことだが本当になんと無駄に所員が配置されていることか。
非効率的なことが大嫌いな相方は入り口の総合受付の時点で、所員の口の利き方が上から目線で横柄だと言って腹を立てている。
口調が丹波哲郎氏なのだ。
いや、丹波哲郎氏から
「まーずそこで書類を書ーく。書くのはここと、ここそれからここ。暗証番号は2つだな、うん。
それから0番で印紙を買うんだな、うん。そーれを裏のここに貼ったらーだ、…」
なんて言われたらちょっと楽しい感もありそうだ。
死後の世界は本当にあるんですか?なんてワクワク聞きそうだ。
なのにそのままの口調で見知らぬ他人から指示されるとなんだかカチンとくるのだ。丹波氏なら許せるのに、丹波氏じゃないというだけで。
案内板の大きくてわかりやすいのを1つ作ったら、あんな偽丹波哲郎所員なんて不要なんじゃないか?

 それにしてもIC化初更新でもあった我々夫婦は個人情報の強固な砦であるはずの暗証番号(ご丁寧に2つ!)のあまりのぞんざいな扱いにポカーンである。
まず暗証番号申請用紙。2つ書いたその数字を持って歩き回る。結構歩く。
ねえこのタイミングで書く必要性って何?
まあ後でその紙を見ながら申請用暗証番号を専用機で入力し、紙を出力するのだが…。

 入力した途端、慌てて入力クリアボタンを押してしまった。
なんだこりゃ。
えらくはっきり大きなゴシック体で2つの暗証番号が画面に表示されるのだもの。
しかもごく普通の液晶モニタで、サイドに小さい目隠し壁はあるものの周りからは丸見え。
出力された紙にはこれまた読みやすく理解しやすい大きな文字で2つの暗証番号が明記されている。ああこりゃ人に優しいね。

それを持って次の窓口までプラプラ歩く。見ていると、やっぱりあれこれ持たされているせいでうっかりして暗証番号の紙を思い切り外側に持っている人が結構いる。
そちらのお母さんお母さん。旦那様の分も一緒に思いっきり暗証番号が見えてますよ。
呑気に踊りの練習をしながら待っている場合じゃありませんよ。
どうでもいいけれど、その踊り、昔ドラゴンクエストで見た「きみょうなおどり」の絵に似てますよ。

 まあ新しい免許を盗まれて暗証番号を知られても、相手に知られてしまうのは本籍だけなのだけれどね。なんだかなあ。

 と思っていたら。
その暗証番号の書かれた紙は写真撮影時にバーコードリーダにかざすのだが、読み取った情報がはっきりと所員の目の前にあるモニタに表示されるのだ。所員は撮影待ちの列に背を向けている。モニタは撮影待ちの列に向いている。つまり、暗証番号がくっきりと、後ろに並んだ人にまるわかり。
意味ネエエエエ。

ほんとうになんかなあ。
ついでに、写真の列に並んでいる間に髪型などそそくさと整えたりしていたら直前になってスリングをつけっぱなし(=Yを抱っこしたまま)であったことにきづき、慌てて相方に抱っこをお願いしようとスリングを外したため髪なんかおよそどうでもいいような有様になってしまった。
「別に免許の写真ぐらいいじゃん」
と相方は言うのだが…ただでさえ犯罪人顔に映るならせめて髪型ぐらい気にならない程度にさせてくれ。

こうしてあれこれ文句を付けながらなんとか1時間半ほどで免許更新を終えたのだった。
ペーパーで優良だったからこれだけで済んだけれど、1度でも違反などおこしていたら講習の時間だけでも+30分~1時間半になるわけだ…これ以上は無理!
こりゃ、これからもペーパーを維持するしかないのでは…?!(*)

 (*)事故起こさないよう注意すればいいだけです。
 
ミシン大地に立つ
2007年10月09日 (火) 11:37 | 編集
 ともぞうが増えすぎた手作り要求に悩むようになって、既に2ヶ月が過ぎていた。
オカン世紀2007、園から最も遠いともぞうは手縫い公国を名乗り、ミシン連邦政府に独立戦争を挑んできた。(中略)戦争は膠着状態に入り、1ヶ月あまりが過ぎた。

 って、さすがに私もそこまでガンダムオタクではないのでここらへんなどを参照しながら書いてみたりするわけだが、とにかくとうとうミシンを。ミシンを使った!
なぜこんなにミシンごときで騒ぐかというと、お察しの通り高校卒業以来まったく触っていなかったからだ。
だましだましきたものの、来週までの宿題でUの芋掘り遠足用布袋を作れというミッションが出たのだ。
手縫いで済ませようかと思ったりしたのだが、この先のことを考えるとせっかく買ったのだしとにかく使った方がいい。
Uが1Fの義父母宅へ遊びに行っている間におそるおそるミシンを収納から取り出し、マニュアルを開く。

ボビンに下糸をかけるところから始めなければならない。それこそ
「コンピューター管理で縫製ができる、教育型ミシン。すごい、ほっこりさんが熱中する訳だ」
こいつ…動くぞ!
「う、上糸ガイドはないのか?上糸ガイドは?……これか!」
などとやっていると"ともぞうの趣味ならいざ知らず、Uに関することとあらば口を出さずにいられない"という相方が横から口を出す。

「へっ、怯えていやがるぜ、このオカン」

ちがった。「それってここに通すんじゃないの?そっちなの?いいの?そんなので?」
もうー。こう見えても一応高校時代は自分でバッグ縫ったりしてたんだからね。
そんなところに通す人、見たことないよ!!
と大見得切った後でまさに相方の言う「ここ」に糸を掛けることに気づきそそくさと糸をかけたりする。
「おいおいちょっと。いま『そんな人見たことない』とか言わなかった?」
「…へへ。言った。」

39、テヘるな危険。

 大騒ぎしてボビンに糸を巻き終えると今度はいよいよ縫いである。
ちょっと心配なので、相方がよそ見をしている隙に裁縫箱に入っていた運針練習布(!まだ入ってたよ!)で10cmほど試す。
おお。ストレーーイト。グッジョブ自分。
自らを奮い立たせて縫う。縫う。縫う…。

 あれ。ちょっと斜めった?ま、いっか。と気を取り直し、線を補正しつつ縫っていると、また相方が覗き込む。
「えええーなんだこれ。ここらへん、ちょっと斜めってるんじゃね?なんだよこれ、もし破けたりしたらU泣くぜ。そんなことで泣かすなよ。」
もうUが泣くことになっている。
破れないよ、失礼な。そこまでいうならやってみてよ!!
「いいよ、ちょっとやらせろよ。」

さっと席を替わる相方。
いきなりスピードレバーを「速い」にシフトする。
ふふん。あまりの速さに怯えるがいい。
…と悪魔のようにほくそ笑みながら見ていると…。

トトトトトトト…実にいいリズムである。
しかもまっすぐ。あらら、私より上手?え?ミシン今が初めてって言ってたよね?

「ほらみろよ。オレの方がまっすぐだろ。」

み…認めたくないものだな。自分自身の不器用故の過ちというものを…。
とにかく下糸巻もあわせ20分もかけてタオル袋完成。

やれやれ……私は園生活で生き伸びることができるか?
 
運動会に行ってきた
2007年10月08日 (月) 15:27 | 編集
 連休中、U初の幼稚園運動会に行ってきた。
当日の幼稚園開門は8時である。初参加ともなれば当然リキが入り朝4時からのお弁当仕込みに開門前から並んでの席取りってなもので。
…と思っていたら、起床は6時過ぎ。席取り先発隊が園に着いたのは開門時刻を大幅にまわった頃。

気の余裕か、というとなんのことはない、私が大寝坊したのだ。
普段携帯のアラーム(ただし消音モードのバイブ機能オンリー)で起きるのだが、前の日うっかりしてPIMロックをかけたままYと一緒に寝入ってしまったのだ。
PIMロックをかけると、バイブはおろかプライバシーの保護のためアラーム自体が発動しない。

 朝トイレに起きた相方が「ねえもう6時だけど、いいの?」と私に聞く。
夢うつつでちょっと考えて答えて
「いいの。うん、大丈夫なの。……って6時じゃだめなの!大丈夫じゃないのぉぉぉ!!!!!うわあああああああ」
一気にテンションMAXである。

 私の両親も千葉からくるから大人6人分+Uのお弁当を、朝6時に起きて作って朝食も作って食べてUとYと自分の身支度もして、歩いて15分ほどのバス停発8時のバスに乗れるか?!と半ば涙目だったが、前夜下味つけなどしておいたためギリギリ仕上がり、相方に投げ出すようにして持っていってもらった。

 ・鮭おにぎり、梅胡麻おにぎり
 ・変わり衣の鶏唐揚げ(ためしてガッテンレシピ(*1))
 ・人参のグラッセ
 ・まるぽて(*2)
 ・茹でブロッコリー
 ・キュウリの中華風浅漬け
 ・プチトマト、茹でうずら卵
 ・ぶどう(甲斐路(*3))

 (*1)がってんレシピの変わり衣レシピは本当にいつ誰が作っても美味しい仕上がり。ウマイ。
 (*2)まるぽては作者が言うように時間が経つとモッサリ感が強まってお弁当には向かなかったかも。できたてはとろりと美味しい。冷めてから揚げると爆発しないことを付記する。
 (*3)甲斐路はこの時期が旬の皮ごと食べられるぶどう。種はあるが周りを汚さないので行楽にはお勧め。


 鶏唐揚げは下味につけ込んだ状態、キュウリも漬け汁に浸けてあり、まるぽても丸めてあとは揚げるだけ状態にしてあった。とはいえ、がんばった、がんばったよ自分!
握ったよ、握ったよおにぎり!茹でたよ、茹でたよブロッコリー!泣かせたよ、泣かせたよY(*)!

 (*)ごめん、Y

朝8時にしてすでに「今日一日が終わった」感でいっぱいであった。

 しかし実際にはそこからが本番だった(て当然だが)。
こだわりの強いU、泣き虫のUが果たして脱走せず、泣かずに駆けっことお遊戯をし果せるのか?!
どぎまぎしながら園庭に入る。
と、人の心配をよそにUが
「じゃ、お弁当食べよっか。♪おっ弁当!おっ弁当!」
おい待て。朝8時にお弁当食べたら昼はどうする。じゃなくてさっき食べたでしょ?
なにやら違う局面のような会話を交わしつつ夫婦で制止。

 ちぇーとふてくされたかに見えたU、ほどなくとんでもないほどの大声で叫び始めた。
「あ!○野○太くんだ!おーーーーーーい、○太くーん!おっはよーーーーう!やほーーーい!
あ!!○山○乃ちゃん!!!やほおおおおおい!○乃ちゃーーーーーん!おれはこっちだぞー!
こっちには○谷○実ちゃん!!おっはよおおおおおおおおお!!!
そっちに(もうあとは略)」
無駄な元気。ドラゴンボールの孫悟空か。
隣にいた同じクラスの子のお母さん達が笑いながら
「ほんとにU君ていつも元気でいいのよねえ。挨拶もしっかりしてくれるしねえ。朝泣いたりなんかしないでしょうねえ。」
え?いつの間にクラスの子の名前覚えてたんだろう。
いや、朝、園に着いたらちょくちょく泣いたりするみたいですよ?
「えー?全然見えない。いっつもみんなの名前呼んで挨拶してくれるんですよー。」
えー?全然見えない。
と思ったらU、今度は
「あ、隣の○組のXちゃんもいる~!おおおおおおおい!」
隣のクラスもか!
「ううん、隣だけじゃなくて△組にも友達いるよ。△くんとかね。」
4歳児の記憶力すごいなあ。それに心配しなくても友達との関わりがしっかりできつつあったんだな。

 感心しているうちに集合時間となり、泣いたりしないかしらと気を揉んでいる私たちの気持ちをよそにさっさと整列、駆けっこはスタート時の点呼で誰よりも大声の返事をし、お遊戯は誰よりも大きな振りと大きな歌声。それどころかお遊戯の合間に、歓喜のるつぼにいる私たちを発見して両手を振るなり「やほーーーい!」のジャンプつき。余裕だな。
年少でそれだけ感心させるんだもの、年中・年長ともなったらそりゃ先生たちも感極まって泣くよなあ(*)。

 (*)皆のポーズが決まったとき、リレーで激闘が繰り広げられたときなど一山迎える度先生たちが泣いていたのだった。

 楽しみにしていた昼食ではおにぎり4個、唐揚げ5個以上、プチトマト4個以上その他諸々信じられない量を食べたUはさらにパワーアップ、午後の親子競技で相方とそつなくリレー(もどき)をこなし帰路につくのだった。

 さてUの活躍ぶりには家族皆で大絶賛、Uを大いに恥ずかしがらせたのだが、この日違う意味でやってくれた人物がいた。
私の実母であった。
私の両親を呼ぼうと相方が提案したとき、引っかかる気持ちを抑えつつ呼んでみたのだったが…。
まず来るなり一言
「やだわ、このレジャーシート汚れてる。座れないじゃない。」
ごめんね、レジャーシートだらけでしょう?上を人が通らなくちゃいけなくて、靴を脱いでいても汚れるの。でも、どんな席に座ろうと思ってたの。汚れるのが困る服で来ちゃったら困るんじゃない?今日運動会なんだから。
母はぶつぶつ言いながら持参したレジャーシートを上に重ねて敷き、さらにタオルを置いて座る。
どこのオジョウサマか。

 しかしすぐ立ち上がって今度は座ろうとしない。
後ろにもたくさんの人がいて見えづらいだろうからと座るよう促すと
「いや、いいのいいの座らなくて。だって、このパンツ、ぱつぱつで座りづらいんだもの。」
いや、だからどんな席に座ろうと思って…。

かと思うと競技をじっと見ていてブツブツ言いだす。
「1、2、3…あらあ、3人もいるわ。」
なんとなく嫌な予感はしつつも、「3人兄弟の家族が結構多いよね。」などとすっとぼけたことを返した。
するとクワッと私に向き直って言うには
「ちがうわよ、肥満児よ肥満児!3人もいる!なんであんなに太らせるかしらねえ。」
ちょ、ちょっとまっ…。近くに親御さんいるかもしれないでしょ。
「いないわよ、大丈夫。」
なんだその自信。
「そこへいくとU君なんて、あーんなに食べても太らなくて、ほんっとによかったわあ。」
ンナアアア。なんの罠だ。帰れ。ウーロン茶もって帰れえええ。

 そうかと思うといつもと違う雰囲気に飲まれて泣き出し、競技に参加できず先生に抱っこされたままの子を皆がほのぼの応援しつつ見ていると
「ほんっとにああいう子って、親は我が子ながら見ていてムカムカ腹が立ってねえ。家に帰ってからつい猛烈に怒るのよねえ。それでますます子どもが萎縮して、どんどん悪循環なのよねえ。」
こらこら勝手にドラマ作らない。怒るとは限らないでしょう?
怒るのよ。だって見ていてすごくイライラするもの。」
ンガアアアアア。帰れ、いや帰ってください、今すぐ。帰ってくださいいいいい。

…ハアッハアッ。寿命が3年は確実に縮んだ。

 それでもなんとか無事に1日を終え、子達を寝かしつけるとあとは自分の好きなことをする時間…。
と思っていたがすっかり憔悴しきった私たち夫婦は寝かしつけのまま寝入ってしまい、しかもUの激しい夜泣き2回、PIMロックを外されて今度こそと4時半に鳴りだすアラーム1回、Uのおねしょ1回(*)…などなどに起こされすっかり体内リズム狂いまくりの朝を迎えることになるのだった。

 (*)1回もあれば充分だ。

<<来年のための覚え書き>>
・ディレクターズチェアか座布団を持っていく。
・PIMロックは外しておく。
・実母は呼ばないか、呼んでも完全防音室に隔離する方向で。
 
帝王切開
2007年10月05日 (金) 01:10 | 編集
 喉元過ぎてどんどん忘れていっている帝王切開の話。
アレでナンな話満載なのでグロ苦手な人は読んではダメ。

 普通分娩に「普通」がつくだけに、普通じゃない感たっぷりの帝王切開。
しかも「普通じゃないのかよ…」という若干の(そして根拠のまるでない)敗北感すら伴う。
別にそう思っていたわけではない。ないがやっぱりどこか楽なんじゃないか?と思っていたふしがある。
出産前に夢で何度も見た「お腹のジッパーを開けるとふくらんだお腹を全部とりはずせて赤ちゃんが出せる」というシステム、ちょっと帝王切開に通じるものがあったのではないだろうか。
しかし、やっぱり出産そのものも、術後も普通分娩とはまた違った方向に辛かった。
以下、あくまでも私の体験談。おそらく病院や症状によって若干違いはあると思うが参考に(?)なれば幸い。

 そこへ至る理由はさまざまらしいが、私の場合は妊娠性高血圧症候群、いわゆる妊娠中毒症によるものだった。
腰から下が象の足のようにパンパンに腫れあがった。ちょっと4歳児のUに踏まれただけで内出血を起こしていたほどだったそんなむくみに加えて、160を超える血圧だったのだ。

 予定より3週間ほど早く破水し、夜中3時すぎに病院へ行くと血圧が170ほど。
問題がなければ1日間は自然に陣痛がくるのを待つところだったのだろうが、緊急帝王切開をおこないます、と急ぎ手術の準備が進められた。

 まず執刀医から手術の危険性(血圧が高いので希に事故につながる場合があること)などを説明される。そうして同意書にサイン。それから貴金属類をすべて外される。
普通分娩の時同様指輪も没収。
回収したものは家族に渡される。
私の場合ティッシュにくるまれ相方に渡されたのだったのだが、いろいろありすぎて動転した相方、家に帰るなり
「あれ?こんなところにティッシュ(ゴミ)が…」
とそのティッシュをゴミ箱に捨ててしまったらしい。
ゴミ収集日前に思い出してくれたからよかったものの危うく結婚指輪が焼却炉に投げ込まれるところだった。

 さて、患者はそのまま手術室へ行き、全裸になる。
手術台に乗せられるとまず横を向いて背中を消毒され、麻酔の注射。
これはほとんど痛みはない。(消毒だけではなくて麻酔も塗られたのか?)
また、部分麻酔で、腰下のみしか"眠らされ"ない(*)。意識がはっきりした中で手術は行われる。

 (*)流産したときの処置は全身麻酔だったのでそういうものだと思っていたのだが…甘かった。

 その後麻酔が効き始めるまでに上向きになり、手足を拘束され口に酸素マスク、腕に点滴、胸部に心拍計をつけられる。
閉所恐怖症にはかなり恐い。私はパニックを起こすと困るので予め近くにいた看護師さんにその旨言っておいた。看護師さんも心得たもので「○さんは閉所恐怖症の気があるそうです」と先生に伝えてくれた。いざとなったら軽く手の拘束を取ることもできるらしい。
足は膝を曲げた状態で足首あたりを拘束されたようだ。
その後剃毛。この頃には感覚がなくなり始め、すでに下半身が攣れるような感じしかない。

 普通麻酔は効くまで5分~10分ほどかかるらしい。
冷たいパッドを頬と腰下に交互に当てられた。腰下の冷たさをあまり感じなくなる頃(=麻酔が効き始めた頃)執刀となる。

 事前説明では問題さえ起きなければ手術自体にかかる時間は縫合も含めるとせいぜい40~50分ほどということだった。
時計が見られず、また途中で眠らされたためまるきり時間経過がわからなかったので自分の手術にどのぐらいかかったかはわからないが、開腹から胎児取り出しまで7分!だったのは覚えている。
(これは執刀医が記録のために開始時刻と出産時刻を話していたため)

 開腹中は痛みはない。ただ臓器が強く引っ張られる感じはあるため相当"痛い感じ"がする。
普通分娩時に骨盤が離れ、産道を子が通ろうとする苦しさとはまた違った尖った感覚だ。
これが10分ほど続く。キツイ。特に胎児の頭が出るときはぐいっと押さえられるので海老ぞるほど。
胎児が出ると次に胎盤を取り出し、それから縫合。子宮を縫合すると、お腹はホチキスで止めていく。後で数えたら15針だった。

 私の場合、これが相当痛かった。恐怖のあまり麻酔が切れるのが早かったのだ。
普通分娩の時の会陰縫合では麻酔なしにもかかわらず脳内麻酔のせいかほとんど痛みを感じなかったのになあ。
お陰で短時間、催眠剤で眠らされることになった。

 手術が終わるとLDRに移される。
点滴、心拍系はつけたままベッドに寝かされ尿道にカテーテルをつけられる。
体中管だらけ。閉所恐怖症にはもう最上級の苦痛。

麻酔が完全に切れるまで体全体を水平にしておかなければならないらしく、その後丸1日枕を使うことができない。
頭をあげないようにと、痛み止め、感染症予防薬や、血圧を下げる薬などもストロー付きのコップで飲まされる形になる。
また麻酔が切れる前に頭痛や吐き気がまれに起こるらしい。
巡回する看護師さんには毎回これらの自覚症状がないか確認され、もし症状が出たらすぐナースコールを、と念を押された。

 なお丸1日は点滴で栄養を摂るので経口食は一切なし。その後1,2回10倍粥食。
点滴には子宮の収縮を促す薬剤も入れられるらしく、急に収縮が始まるためこれまた痛い。

飲み物は飲んでいいと言われたので相方に頼んでペットボトルのお茶を買ってきてもらったが、ポップアップストローの口がカーブタイプではなかったため横たわったままでは下手な二人羽織のようにダクダクこぼれて不便だった。

 私の場合普通の病室に移ったのは1日半後。その日は温かいタオルで全身を拭いてもらっただけで、翌日から(つまり術後2日目から)シャワーを浴びていい、と言われた。実際浴びた。
お湯が染みるなどということはない。ただ腹部がやたらと攣れて痛い。
1週間は背中が丸まること請け合い。
また、お腹がいたいので立ち上がるのに時間がかかる。
定期的に血圧計測やら食事やらで看護師さんたちが入室するのだが、都度起きあがるのに苦労した。

 入院5日目、抜糸ならぬ抜針。
ホチキスの芯を抜くのだが、見た目がゴツいので痛いのでは…と思ったものの、これはチクリとむだ毛を抜く程度の痛みだった。
針がとれると若干攣れた感じがなくなり、すこし楽になる。といってももちろんずきずきと痛いのは変わらない。

 傷跡は私の場合縦線、8cmだった。開腹が横だと傷跡は目立たないのだが将来的に再度他の手術で開腹しなければならない場合手術が難しくなるから、とのことだった。

針が抜かれると傷の上にサージカルテープが貼られる。
1ヶ月検診まで取らないでください、自然と剥がれたならそれでもいいです。と言われた。
そうして結局1ヶ月半はまったくとれなかった。サージカルテープすごい。

 さて当然ながら帝王切開でも悪露はある。
そのためマタニティショーツを穿いて対処するのだが、縦に切られた場合は特にちょうど服のウエストラインが傷口にあたって相当痛いためもし早めに悪露が終わってもマタニティーショーツはしばらく手放せない。

 (*)Sagiri★さん、ご指摘通りですわよ。そしてわたくしいまだに…ですのよ。うふふ。

 個人差、季節差もあるだろうが傷口は1ヶ月を少しすぎたあたりから黒い線がだんだん赤く落ち着いてくる。この頃相当線が痒い!

 1ヶ月検診で、子宮内部と傷口に問題がなければお風呂に入っていいと言われる。
私の場合ついでに言われたのが
「(サージカル)テープ、まだしばらくつけておいて。取れないようなら3ヶ月はつけておいていいよ。そのぐらいしておけば傷口も開かないだろうしね。」


…で、もう少しで2ヶ月になろうという今、先にも述べたように全て取れてしまっているのだが…。
傷口が開く場合がある、って?!
体型を戻したいからと腹筋の一つもしたいんだがまだまだ先にしたほうがよさそう?

 今現在も表面も内部もたまにしくしくと痛む。
出産て"普通"も、そうでない場合もどちらも辛い。赤ちゃんがかわいいから乗り切れるようなものだけれど、産直後「次のご出産のご予定は?」と看護師さんに聞かれたとき即座に
「ありません!」
と答えてしまったのもまた事実。

思い出すままに書いたので時間の流れが若干おかしいけれど、とりあえず。

追記)痛い痛いと騒いだのは私があまりに緊張し、麻酔の効きが異様に悪かったからだ。
これから帝王切開に臨むという方はどうぞゆったりしたお気持ちでどうぞ…。
 
ついてなかった
2007年10月04日 (木) 11:04 | 編集
 朝からついていなかった。
目が覚めたUが珍しく寝覚めが悪くなにかといちゃもんをつけては怒り泣く。
それを寝室から相方が「やらせてやればいいじゃん」と怒る。
でも「電動シャッターを僕が開けるっていったのに」なんてUは起きてから全然言ってないよ?
Uは怒り泣いてトイレに籠もる。トイレに入れさせてくれ。

 ようやくUの機嫌が直ったというころ、アイロン台を出そうとして手を滑らせ右足直撃。
あまりの激痛に「!!!」と息だけ呑んで悶絶していたら後ろから相方の非情な声がけが。

「(小馬鹿にしたトーンで)…なにやってんの?」

え?そこ「大丈夫?」じゃないの?
なにその味方からの後方射撃。
と思いつつあまりの痛みに声を出せずにいると、聞こえなかったと思ったのか相方がご丁寧にもう一度

「(思い切りバカにしたトーンで)なにやってんの?」

言い直すなよわざわざ。腹が立つので無視を決め込み悶絶しているとようやく本当に痛そうだと気づいたのか
「大丈夫?」
と聞いてくるが、実は無視もなにも痛すぎて答えられない。

 そうして痛い足を引きずりつつバス停まで行きUを無事見送ると、今度はYが泣きっぱなし。
その後はただただ抱っこしっぱなし。
スリングもずっとだとよくなさそうなので両手で抱きっぱなし。
ようやく寝た、と思ったら家屋調査隊が来た。ああ、家事&炊事は調査隊が帰った後にしよう。
と思っていたが調査隊の帰還と共にY覚醒、激泣き。

夕食の下ごしらえができないよう。

と、ここまでででお昼。
ご飯の残りがあったのでおにぎりにして食べる。
アイロン台を打ち付けた右足指は腫れてきている。

 午後になったらYも観念して少しは寝るかも…と思ったがやっぱり寝ない。
なんだその我慢大会。母子根比べである。
日がな一日抱っこ。洗濯物畳みをなんとか片手でやっつけ、5分10分とごく短時間は置いても泣かないときもあるので隙を見てそれでもやっぱり5分10分ずつぐらい泣かせつつ夕食をなんとか18時すぎに仕上げた。
13時から作ってムニエルと副菜2点(1つはプチトマトだしもう1つも茹でただけ)ともずく酢(既製品だ)とポテサラ、お浸し(これまた茹でただけ)、お味噌汁てどういうことだ…。もう疲労困憊。
右足指はますます腫れてきている。

 ああ、でもお腹空かせて帰ってきた(&帰ってくる)Uと相方になんとか出せるよ。
と思っていたら今度は相方が帰ってこない。

20時…そろそろ帰るメールがあるかなあ。右足指を見やるとすっかり青黒くなってきている。
21時…Uが寝たけれど相変わらずYが泣きっぱなし。やれやれ抱っこでなんとかならないかなあ。
22時…相方遅いなあ。仕事忙しいからなあ。メール打ったら早く帰れコールみたいでいやだろうなあ。
22時半…もうちょっとまとうかな。右足指はとうとう青黒くなってきた。指は動かせるし触っても飛び上がらないので骨折はしていない。
23時…えー遅いよ相方。事故にでも遭ってたらどうしよう。メール打とう。

はよカエレと勘違いされないよう、だけど心配なので「まだまだかかりそう?」とだけ送る。
と、ほどなく返事があった。

「今○○(駅)。ごめん、飲んできた。」

…もうこのときの虚脱ったら。2分間ほど衝撃で画面を見つめて、それから激しい怒りが。
ああメシの数品つくるのにエライ手間取ったなんて私の都合だから相方にゃぁ関係ないだろうさ。
飲みに行くなとは言ってないさ。
だけど連絡ぐらいくれよ。なんで結婚後初連絡なし飲み会がよりによって今日なんだよっ。

 家に帰ってきた相方に抗議したかったが、もう怒りすぎてメールの返信も打てず、顔を見ても「連絡ぐらいちょうだいよ!」と言ったきりなにも言えず。
右足が青黒くなっているのも意味なく見せびらかすも「これ。」「朝の。」「ぶつけた。」「アイロン台。」となぜか若干日本語に不自由になりつつ説明したきりなにも言えず。

相方はとりあえず平謝りに謝っていたけれど、ほんと散々だった。

…と思ったらほどなく日付が変わり、4日になった。
全然寝ずに目をクワッと見開いてウヒヒとほくそ笑むYをなんとか寝かしつけようと寝室で静かに格闘していると相方がウキウキしながら「こっちこいよー」と声を掛ける。あまりに怒っていたので忘れていたが、その妙にうかれぽんちな相方の声を聞いて思い出した。
私の誕生日だった。

相方がプレゼントの袋をだして
「まあ誕生日だしこれで機嫌なおせよ」

いや機嫌なおすもなにもさあ……まあ…いいかあ…ありがとう…。

 拍子抜けしながら箱を開けたら、なんとびっくり4年前Uを産んだ後にもらったネックレスとまったく同じデザインのネックレス。開けた瞬間「えーっ、これ」。
相方はアホなのでデザインをすっかり忘れていたらしい。
前のネックレスを持ってきて見せてみた。相方脱力。

きっと好きな形がそれだから思わず買っちゃったんだろうね、と二人で思わず笑う。
これで笑えるんだからやっぱり私の現金さも相当である。

新しいネックレスはそのうちYにあげることになった。
プレゼントって気持ちだから、いっか。

こんなオバカもとうとう39になりましたよ。
そりゃ白髪も劇的に増えるってもんだ。
 
1ヶ月
2007年10月03日 (水) 00:20 | 編集
 もうすぐ2ヶ月になろうというY。
0ヶ月からたまに自発的にアハーと笑うことはあったのだが(本当に「アハー」というのだ。欧米か?)、最近はこちらの瞳を見つめてアハーなどと言うのである。
その度にねるねるねるねのCMに出ていた魔女のごとき声でウーヒヒヒヒヒと実をよじる私である(*)。

  (*)気持ち悪い。

こりゃ堪らん愛くるしさなり。

夜は相変わらず2~3時間まとめて寝てくれる。
新生児なのでどうしたものかと悩んだが、最近は同じ布団で寝て添え乳。
お陰で私もぐっすり(*)。

 (*)寝相の悪い人にはお勧めしません。

 が、しかし日中は絶好調に泣きまくりだ。とにかく基本的に5分~10分しか寝ない。寝が浅いのでスリングにでも入れていないとすぐ起きてしまう。泣き声ももう力強いので泣かせていると頭が痛い。
といってずっとスリングというわけにもいかないので、Uの園バスお見送りとその後帰ってからの洗濯物干しだけの間使用することにした。

 その後も、うまくすると午前中に1時間まとめて寝てくれることがあるのでその間に夕食の準備だ。たまに下ごしらえできた!と歓喜に打ち震えていると、昼食がないことに気づくことがある。
前日のご飯があればおにぎり、食パンがあればそのまま、それすらなければ…とりあえずお腹を満たさなくてはと柿ピーを昼食にした日も。
そんな日に限って家に戻った相方が心配そうに
「お昼、ちゃんと食べてる?」
と訊くのであるが、若干うろたえながら
「う、うん適当に」
と答えるのだ。そうすると相方はちょっと安心した顔である。
柿ピー2袋て適当にもほどがあるんだが。
母乳オンリーなのでなんとか栄養面も充実した柿ピーを開発していただきたい(*)。

 (*)て考慮すべきは柿ピーか?

 さて、1ヶ月児のYの気懸かり。
1:でべそ。劇的にでべそ。現在直径2cm、高さ1.5cmほど。
 →ネットで調べたら「1~2歳までにはほとんど治る」とあったので気にしていなかった。
  が、最近大いなる成長を遂げたため少し心配になってきた。
2:お乳吐きすぎ。
  →Uの時もそれは盛大に吐き、終いには血も混じって慌てて大学病院へ連れて行ったりしたものだが、それでも大さじ2程度だったと記憶している。
   噴水のように吐かなければ大丈夫とわかりつつ、やっぱり量が多いとなあ。
   Yは50ccぐらい余裕で吐くのだ。時ににやにや笑いながら、時に眠気で白目を剥きながら。
3:あざ。右眉上に2cmx1cm、右まぶた際に長さ1.5cm、眉間に5mmx5mmほどの赤あざ。
  →赤あざは大抵からだが大きくなるにつれ消えるらしい。
   蒙古斑が体の成長によって薄まって消えるのと同じ理屈らしい。
   私の両親や相方は「女の子なのに心配だ」と言うが、私自身は女の子だからこそメイクで隠せるじゃないと思ったりなんかしていたんだが、どうにも私を除く皆が心配な様子。

というわけで小児科の門を叩いた。
初めて訪れたその小児科で50歳過ぎの美人女医さんの、白衣代わりであろうギンガムチェックなエプロンドレスと、同色のおリボンまとめ髪姿に度肝を抜かれたが、実に丁寧に診てくれて曰く

1:でべそは問題ない。これからまた若干大きくなるとは思うが、大抵1~2歳までに治る。
 テープで貼って押さえるという方法もあるが、テープかぶれを起こしやすくお勧めしない。
2:(体重を計って)1ヶ月検診後、1日42gと若干多めの増え方をしているのでよくお乳が出て、また飲んでいるようだ。そのためよく吐くのだが、母乳であればほしがるだけあげて構わない。
 よく飲む子は2歳までには太るだろうが、母乳の場合はその後は細くなるので心配しなくて良い。
3:うすくなるだろうから心配しなくて良い。1歳半から2歳までに消えないようならレーザーで治療するという手もある。

と、いずれも問題なし。ああよかった。

 しかし先生、1ヶ月検診後の日ごと成長グラム数を計算しなければならないのに、分母を間違え最初96g/1日などと算出。
ぱっちりアイをますます見開いて
「ちょっとお母さん!育ちすぎです!!!飲ませ過ぎよ!」
と慌てだし、私を慌てさせるのだった。

日に40g強かあ。小さい増量なのにあるとき「なんだか重くなったよね?」と思えるのだ。
顔もぷっくりしていて、あの、赤ちゃん独特の愛らしいほっぺ-上唇-ほっぺの”⌒⌒⌒”ラインができつつある。ああ、こりゃ堪らん。
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