忘れがたい諸々の
最初に(言い訳)
ここのヌシが:
 1)家事が苦手。
 2)盛りつけってナニそれ食えるのか。
 3)そのとき脳内8割を占めたことを衝動的に書く。
 4)「です」「ます」という文体を基本的に知らない。
 5)リンク/お気に入りに入れるも外すもシャディー・アズ・ユー・ライク。(*)
 6)渡されたバトンは必ず落としてしまう。
 7)トラックバック・コメントのお礼のトラックバック・コメントは要らない。(**)
 8)1)~7)から推察される通り、30代も半ばを過ぎてかなりアレな人物
(である)ことを念頭に置いてお読みください。むしろそう読むがいい。ああ、読むがいいさ。


(*)どちらも断りは不要です、そういうものだと思っております。
(**)TB,CM元からお越しくださった方、ありがとうございます。お気持ちだけいただきます。あ、ただ逆の場合こちらからのお礼コメントはさせてください(←)
(***)今思いつきと勢いでこれを書いているので後ですぐ消すかもと思うと文章を考えた時間が無駄に思えてなりません。
     
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たくさんのナニカ
2007年08月29日 (水) 11:25 | 編集
 母が帰った頃から母乳が順調に出るようになった様子で一安心。
いや多分母が帰ったこととは関係ないとは思うんだけれども。
今回は混合かなあ…と粉ミルクの大缶を買って、しかも開けちゃったのにどうしよう。
M・O・T・T・A・I・N・A・I、あーもったいない!

 で母乳が出るようになると恐ろしい勢いで体重が減っていくので要注意だ。
前回これに気づかず1ヶ月で10kgと危険な衰え方をしてしまい、友達夫妻に
「…あのころのともぞくん、なんかすごいやつれてた…」
と言わせたぐらいなので、今回はそうならないようしっかり栄養バランスを考えて食べる・おやつ(お菓子じゃなくて)を食べる、など気をつけている(つもり)。

 で、先ほども少し何か口にしようとしたとき思い出したのが母の買い置きしていったイチジク。
母が
「(ともぞう)が今回母乳の出が悪いとか言うから、体にいい物たっくさん買ったから!」
と言って、あのマリネ液瓶などと一緒に買い置きしてくれたものの一つである。

「コレ食べてたくさんいいお乳を出さなくちゃね」
と毎回言っていた母。

そんな母がある日改めて言うことには
「イチジクってね、ほんっっ…(と、ここで若干息を詰め)…とに体にいいんですって。」
とのこと。
「ふーん」
と軽く流していると、その効果の程を無知なる娘に知らしめようと思った母がさらに曰く

「だってね、イチジクにはナントカがそれはもういーーーっぱい入ってるって、このあいだテレビでやってたのを見たんだから。」

無知な娘も、さすがにこのフレーズには反応。
「え、なにが入ってるって?」

すると母は間髪入れず
いや、忘れたわ。。でもナントカいう体によさそうなのがいーーーーーーーーーーっぱいはいってるって言ってたんだから。テレビで。」

たくさんの水分とかたくさんの鉛とか、そんなんだったらどうするんだ?
たくさんのナニカ。たくさんのナニカて。

で、今またおいしくイチジクを食べたらそんなたくさんのナニカな話を思い出したので勢い調べてみた。

イチジク。f

以下引用。
食物繊維のペクチンを含んでいて、腸のはたらきを活発にするため、よく熟した実を1日に2~3個食べれば便秘に効果 があります。

『効用: 便秘、痔、黄疸、喉の痛み、胃弱、二日酔い

あれ?いや、便秘て…?。え…?
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幼稚園準備
2007年08月27日 (月) 17:51 | 編集
 昨日静かに「出産予定日」を迎えた。
今Yはどのぐらいの重さだろう。結構大きくなっているように感じられ、これが本来の出産予定日のYかと思うと産むのが恐ろしいほど(*)。

 (*)いやもう産んでます。

 Uはというと、Yが泣くと誰よりも早く「あ、Yちゃん泣いた」と飛んでいっては
「泣かなくてもいいんだよ、いいこいいこね。」
と頭をなでたりしている。
そうかと思うと、自分と遊んでほしい一心から
「あのね、赤ちゃん泣いても抱っこしなくてもいいんだからね。」
などと言ってみたり。
そういうときはなぜか名前ではなく「赤ちゃん」と言うのが面白い。

 そんなUは途中大泣きしながらも段々幼稚園の預かり保育に慣れてきたらしい。
今週からは午前保育ながら本格的に幼稚園が始まる。

で…。
私の計画では「ミシンと生地を買って出産までミシンライフ」のはずだったのだ。
それがミシンを買った途端に出産。
むくみも取れ、血圧も高め安定ながら動けるようになってきたので床上げ前に活動を始めるももうぜんっぜん間に合ってない!

 結局バッグ類・巾着類すべてをネットで買ってしまった。
ああ、ミシン意味ねえええええ。口が悪くなるぐらい意味ねええええええ。

せめて雑巾と、再来年のピアニカ袋(*)ぐらいは…どうにか…。

 (*)もういきなり再来年か。
 
母帰る
2007年08月27日 (月) 17:41 | 編集
 母は私の退院後10日目にして実家へと帰って行った。

 玄関まで見送る途中、急に静かになった母にもしやと思っていたのだが、玄関で振り返った母を見るとやはり声を殺して泣いていた。
「母さんは迎えに行かんと一人では帰れんからな。あの方向音痴はどうにもならん。
私が迎えにいくから。14時ぐらいかと思うが。」
などと言いながら何故か12時前に向かえに来て嬉しそうにYを眺め倒していた父は、そんな母を見てぽかーんと口を開けて
「お前、なんで泣いとるんだ?」
と驚いている。

「さあねえ」
とそらっとぼけようとした私だったが、迂闊にも「ねえ」のあたりで声が詰まってしまった。

 なんとなくわかる。
 私がUを産んですぐ祖母が亡くなったとき、うまく言えないのだが
「次は私の番なのだ。」
と強く思ったのだ。
それは別に次に死ぬのが私だという意味ではなく、祖母や母がそうであったように子を産み育てる代に自分がなったのだという思いだった。バカみたいなのだけれど、なぜかしばらくその思いが頭を離れなかった。

 同じように母も、私の兄・弟がこの先結婚することもないだろうし、子の世話をし生まれたばかりの孫を抱くのはこれで最後だろうという思いから「自分の、母としての時代が終わった」と思ったんじゃないだろうか。

 家に滞在中、ふと母が言った
「Uくんの時はねえ、(ともぞう)が一人で頑張っちゃったからこういう新生児の時の顔って全然見られなかったでしょう?こういう時って短いのよねえ、いっぱい見たかったの。」
という言葉を思い出したら急に声を継げなくなってしまったのだ。
いつだったか相方が言っていた「産後に呼んで世話かけるってのもまた親孝行みたいなもんじゃないの?」って、こういうことだったのか。

 見送った後、夜な夜な語られたわが家の暗黒歴史も思い出しかなり切なくなりながら、晩ご飯の支度をしようと冷蔵庫を開けた。
久しぶりの炊事だなあ、といっても母が「今夜の分は作っておいてあげる」と言って作っておいてくれたものを温めるだけなんだけどね、と見ると…。

…なんだこれは!

一度しか作らないのに「マリネの素」1瓶(それ買う物か?うちであるもので作れるじゃないか!)。
「何かに使えそうだから買ってみたわー」と置いていった大葉一袋(いやそりゃ何かに使えるだろうけど…!)。
「切れてたみたいだから補充しておいたのー」と買い置きされたピーマン一袋(いや、それ常備野菜か?)。
「ごめんねえ、あと適当に使っておいてねー。」と長い長芋と大和芋(とろろ芋尽くし!)。
あとはなぜかビリビリに袋が破かれて保存できないからとスーパーの買い物袋に入れられたスパゲティの麺(買い置きがまだたくさんあったのに…)。

ああ、もうぅ。母ったら…。

 その日母が作り置きした肉じゃがは本当に会心の出来でほろほろに美味しく、私の肉じゃがだとにんじんとじゃがいもを少しずつ残すUが完食したほどだった。
いろいろな意味で涙なしには食べられない味なのだった。
 
再開、母よ。
2007年08月23日 (木) 13:09 | 編集
 再び母話。

 援護部隊である母がきて9日目。
昨晩作ってくれたご飯は、それは豪華だった。

主菜:海老フライ 副菜:天ぷら

20cmぐらいの丸皿に(さすがにランチプレートは飽きたらしい)、海老フライが2つ、残りを野菜の天ぷらが占める。
主菜の占める割合、約2割。
フライと天ぷら。揚げ物&揚げ物。
ご飯&お好み焼き、パン&焼きそば。そんな炭水化物&炭水化物はOKな私であったが、さすがに昨日は「……こりゃないな」と思った。

 そんな母、さきほど出かける前に
「ねえ、今日カツ丼とかどう?」
などと聞く。

カツ。それは豚ヒレ肉に衣をつけて程よく揚げた食べ物ではないか。
母よ。月曜日には南蛮漬けつまり鯵に小麦粉などはたいて程よく揚げた食べ物、を作ったばかりではないか。

これがまさに世に言うアゲxアゲ everyナイト状態か。(*)

 (*)まるきり違います

 さらには、私と同室で寝ているせいで極度の寝不足である。
年齢的にもこれ以上1時間寝の千本ノックはきついと思われる。
ついでに、今回の連泊で生まれて初めて女同士の話をしたのだが、それはもうなんというか誰にも言えないわが家の暗黒歴史なのだった。
ああ、だからわが家の家族関係は希薄だったのね。
ともらい涙したのは初回のみで、延々と涙と共に続く暗黒歴史にすっかり気分はロー。
母には本当に申し訳なくも、躁鬱激しい時期に聞くのはとても危険な内容である。

 これはもういけません。

 母は人の話を聞かない(いや、物理的には聞いているのだが「だって~なんだもん」と様々な摩訶不思議な理由をつけてはやらない)のできてもらっているとはいえお乳の出が心配だ。

 今朝思い切って言ってみた。
「お母さん。明日あたり、家に帰らない?」
すると母の目がみるみるぱーーーーーっと輝き
「いいの?もうお腹、いいの?ほんとにいいの?」
などと言う。表情は「答えは聞いてないけど」である。

「うん、いいよ。あとはなんとかするよ。」
お母さん、問題なのは切ったお腹じゃなくて血圧なんだけどね。

 母はそそくさと実家の父に電話を掛けて明日迎えに来て、などと連絡している。
電話口で実に嬉しそうに
「え?ああ、いいのいいの。(ともぞう)がいい、って言ってるんだから。
いいの、いいの。だって(ともぞう)がもういい、って言うんだものー。」

お母さん。本当に今回はありがとう。
実家でどうかごゆっくり…。
 
引き続きの上げ膳据え膳
2007年08月21日 (火) 15:06 | 編集
 退院数日前「いくらなんでももう家に帰りたい」と看護師の足もとにすがりそうになっていた私に相方からメールが届いた。
「今回は血圧のこともあるし、実家に帰るか、お母さんに来てもらえば?」

 実家に帰るという選択はなしだ。無理。
ぎりぎり37w越え(+3d)で産まれ、産直後の体重減少で2,700g程度のYを連れて1時間の夏場の車旅行。しかも1~2週間後にまた同じ工程を!
そもそも実家自体に到底ここには書けないようなアレなコレがあるからナンだし。
それに、高血圧キープのためやっぱり事情通?の先生がいる産院のそばがいい。
以上の理由が6割。
あとの4割は「家族(相方&U)と一緒にいたい~。いさせて~。」の一心。

というわけで、気づけば「退院した日から連泊するから。(相方)さんから電話もらってそう言われたんだし。」と実家の母が連泊中である。
相方の気配りぷりにいたく感銘を受けたそうである。

 以前も書いたけれど、実家は家族のつながりがなんだか希薄なので来てもらったことは有り難く、心底感謝はしつつも相当居心地が悪いのだ。

 しかし母は「小さい頃なんて泥水を見ただけでその日の晩御飯が喉を通らなかったわー」というほどの潔癖症なので、実にありがたいことに引っ越し直後かつ産直後の散らかった家をみるみるピカピカにしている。
しかもピカピカをキープ。
おお、母よ。

 一方母は料理があまり好きではないのだ。
昔でこそ「子供に市販のお菓子なんか食べさせられません」とかなんとか、いつも手作りのおやつを作ってくれた母だったのだが、年齢を重ねると共に相当おっくうになってきたらしい。ただ、もともと食事はいつもあまりおいしくなかった。
他人のことは言えないだろ(というか遺伝か?)、と相方には突っ込まれそうながらも、母は栄養やら盛り付けやら、全然考えない。ついでにあまり味見もしない。
というわけで、いま私は下手すると3食が3食、なぜかランチプレートにご飯を盛りつけられ、ある時は全くタンパク質類がない料理が続いたり、またある時は「でもこっちのほうがおいしいでしょ」と濃い味付けにされ、はたまた「やっぱり体には薄味がいいわよね。」と薄味ていうより味つけてないだろそれ、なものを食べたりしている。
おお、母よ。

 つまり母は相当マイペースである。
Yの退院間際にUが飛び火になってしまい、新生児にうつしては大変と相方や義父母がUの衛生に神経をとがらせてくれていた。
そんな義母に
「すみません、今日はお母さん(私の母)にUくんの入浴をお願いしようかしら。」
なんて言われて、一時
「まあ、わたし、できるかしらあ」
などと引き受けた風に見せながら3分後急に
「やっぱり考えたけど、私にはできないわあ。お母さん慣れてらっしゃるからお願いしますわあ。」
なんてにこにこ言い出すのである。
た、頼むよ母よ。
実は飛び火になってから急に恐水病かというぐらい水を怯えるようになったUの入浴が一苦労の様子なのだ。毎回絶叫泣きが風呂場から聞こえてくるのだ。
「なら、私が。」
と私が身を乗り出すと二人の母に
「あなたは駄目だめ。」
と一斉に駄目出しされた。
さらに、間髪をいれず
「やっぱりそうだわ、お母さんのほうがなれてらっしゃるものー。」
と駄目押しをする私の母。
義母だって数日前初めてUを入浴させたんだってば!とこっそり教えると「あら、そうなのー?」で終わり。

 この世代の特徴どおり、いつ使うかわからない食材で冷蔵庫を満タンにし「なにこの冷蔵庫、小さくてもう入らない!」と愚痴ったり(4日前のキャベツ一玉、いつ食卓にあがるんでしょう?)、「お母さんが、(ともぞう=私)のお兄ちゃんや弟を産んだ時はこうで、こうで、こうだったわあ。…え?(ともぞう)のとき?全然覚えがないのよねえ。」という話を毎日聞かせてくれたり、意味があってのたたみ方をしていたリネン置場なのに「なんかお母さんのたたみ方と違ったから全部畳み直しておいてあげたわよー。」とリネン置場をある意味カオスにたたきこんだりしている。
ああ、母よ。

 複雑な思いながらも相変わらず血圧の平均値は150/98と高めキープ。
今しばらく母に世話になりそうだ。
 
麗しのスイカ糖
2007年08月16日 (木) 21:18 | 編集
 出産直前に頼んでいたスイカ糖はやっぱり出産翌日に家に届いていてまったく意味を成さなかった。

 …かのように見えたのだが、家に帰ってきた日から「そうだスイカ糖食べよう」と朝晩ティースプーン1杯ずつ食べ(舐め?)てみたら、びっくり。
その翌朝、太ももとふくらはぎのむくみがすっきり。

ええ?まさかスイカ糖パワーかしらん、なんて言いながらその日もスイカ糖を食べてみたら、びっくり。
さらにその翌朝、足首までのむくみがすっきり。

空気を一杯入れ込んだゴム手袋のようになっていた足の甲のむくみもかなり引いてきている。

上げ膳据え膳の入院生活の間、全然引かなかったむくみが!
「むくみって、大抵2~3週間は取れませんよ。うふふ、でも大丈夫きっと取れますからね。」なんて言われていたあのむくみが!

スイカ糖のカリウムパワーすごい。
まわし者と言われてもいいや。むくみに悩む方にはお勧め、かも。
私が買ったのはジャム様に煮詰めたタイプ。
味はむかーしからのイモ飴みたいな素朴な甘味なので、苦手な人は何かに混ぜるといいかな。

シミにも効くと知って、そちらは効果観察中。

あ、高血圧は相変わらずなんだけどもね。

-----
肝心なことを書くのを忘れた。
むくみが取れたこの3日で、体重が一気に6kg減ったのだった。
まさに妊娠最後の1週間でむくみが爆発した時期に増えた体重分。
そんなに水分が溜まっていたのか…。むくみ、こうぇーー。
 
退院
2007年08月15日 (水) 16:53 | 編集
 ちょいとお先に退院報告。

いやー、あれだ。ほんとお腹なんて切るもんじゃない。
私は武士にはなれないと思った。
だって、破水だ!と病院に行って、血圧を計った途端
「これは危険だね。緊急手術ですよ。」
なんて言い残した院長が5分後に手術着で現れただけで更に血圧あがっちゃったもの。
妊娠性高血圧症候群の手術時の危険性について事前説明されただけで、心の底から本気で「私、今日で死ぬのかも。いや、死ぬんだわ。相方、ごめん。」などと思ったもの。

しかも、ただでさえ血圧高いと麻酔が効きづらいっていうのにさらに恐怖で(*)歯の根からガチガチと体全体が漫画のように震えるほどで、麻酔の効き目をさらに薄めてしまったぐらいだもの。

 (*)偉そうな文章を書いている人に限って恐がりだと思いこんでいる。自分がそうだから勝手に。

 院長先生に
「うーん、レベルが低いなあ。血圧高いからかなあ。あと5分待つか。」
と2回ほど言われ、それでもさがらないので
「よし、やるか」
なんて言われるんだもの。

 レベルが低いって、いつもくだらないことやおばかなこと大好きで低レベルなことばっかりやってるから麻酔の効きレベルまで比例して低くなるのか、と日々の行いを今更ながら深く後悔していると、どんどん麻酔など打たれ
「5時17分、開始です。」
と勝手に宣告され、手術開始。

詳細は省くが、いやほんとうに私は武士には…。
あ、武士が全員切腹するわけじゃないな。切腹しない武士ならなれるかも(*)

 (*)もうなにがなんだか自分でも。

 日々の行いに比例した麻酔の効きのお陰で「むごー」とも「んがー」ともつかない恐怖と痛みの叫びをあげそうになり、「いや、それは母として」などと自制しながら優しい看護師さんに手を握って貰っていると(*)、他の看護師さんが急に

 (*)私の震えに気づいて握ってきてくれたのだけれど、本当に女神に見えた。私が男なら惚れたに違いない。でも男であそこまで震えたらドンビキされるとは思う。

「あれ?患者さん、えびぞってます。」

などと指摘するではないか。
ぬ。余裕あるな。あ、そうか、余裕がないのは私だけか。
院長がまた
「あれ?おかしいな、そんなに痛い?」
などと聞くのだ。ああ、痛いよ。痛いとも。いや痛くないんだけど、ほらあれだ、細かく書くと自分でも思い出して失神しそうなので書かないけど。

 そこで痛いというのは負けだと何故か思いこんだ私は
「ハハハ、痛くないですよ。」
などと薄ら涙を浮かべながら背を元に戻したのだった。
「だよねえ、えびぞってたら背中の方が痛くなっちゃうよ、ははは。」
と院長。くそう、余裕あるな。ああ、そうだ。余裕ないのは(もういい)

 その後ももんどりうちたくても体中拘束されていたので無理だったが、そんな感触と痛みを乗り越えて5時23分、第二子、Y誕生!
Uの時はハイテンションで「いやあ、よくきたよくきた」と酒飲みの親父みたいなことを言っていた私だったが、今回ばかりは真面目に「私死ぬんかな」と思ったものだから、バカのように泣けて泣けて
「よかった、よかった」
と繰り返すばかりだった。
縫合時、だんだん痛みが戻ってきたのでとうとう眠らされてしまったが、とにかくまた目を覚ますことができた。おお生きてる!(*)

 (*)ほんとうに「帝王切開ごときで騒ぐなよ…」とは思うだろうけれど正直な感想。

 その後、LDRに連れて行かれ、1日半カテーテル&点滴&心拍計&血圧計つけっぱなしの刑。
しかも心拍計なんて、点けた最初の1分は
ぴこーん・ぴこーん・ぴこーん…
と私の生存を音でお知らせしてくれていたのに突如として

ぴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ

とテレビでしか聞いたことないような心肺停止をお知らせしてくれたりして、ダチョウ倶楽部でなくとも「殺す気か!」と帽子を投げ捨てたくなる始末(*)。

 (*)「警告音、たまに誤動作しますねえー。」って、本当にそれ、心臓に悪いから…。

 ともかく、LDRでの誰もいない、窓もない、柵付ベッドで、体を動かせない1日半。
狭所恐怖症の私には発狂soonな場所だった。
院長に
「赤ちゃんは無事に産まれて、今私たちが大事に預かってるから心配しないで。
とにかく今は自分のことだけ考えて。」
と言われたから…ではなく、恥ずかしいけれど本当に痛みやら何やらで数時間は自分のことしか考えられなかった。

人恋しくて、看護師さんがくるたびに「おはようございます、もう朝ですか。」などと聞いては「うふふ、まだ夜の9時ですよ。」などと言われうなだれていたほど。

だらだら書くと巻物一巻分ぐらい書きそうなのでやめておくが、とにかく小さいながらも第二子Yも私も退院だ。
私は出産後も血圧が下がりきらず、まだまだ予断を許さない状況だけれど、入院の途中から通常食になり、おやつもいただける(*)ところまでには回復。

 (*)結局そこか?

とはいえ、義母にも実母にも、そうして相方にもすっかり迷惑かけっぱなし。
早くよくなりたいなあ。
 
産んじゃったりなんかしちゃったりして
2007年08月09日 (木) 21:25 | 編集
 昨日早朝無事女児出産。て、漢語か?

 前日おしるしがあったものの、さらにその前日にあった内診のせいか?とも思っていたのが、夜3時に起きたら破水していて、急ぎ病院へ。
血圧が高いので自然分娩では母子共に危険、と急遽帝王切開となった。
結局37wで産まれたことになる。

あー健康て大事だ。
産後も高血圧が続いているので、せっかくのお祝い膳がお粥だし、3時のおやつもない(*)。

 (*)悔やむのはそこか。

 でも赤ちゃんが元気なのがなにより嬉しい。それが一番。
 
入院勧告
2007年08月06日 (月) 17:25 | 編集
 引っ越し翌日から始まったむくみはとうとうこの1週間で体重を引っ越し前+6kgにまで仕立て上げた。
顔はますます丸く、太もももパンパン。
食欲はどんどん落ちているのでやっぱり異常だ。

とうとう高血圧も加わり、今日は病院で「今日から入院しませんか」と先生に誘われた。
お誘いありがとうございます、でも、でも…。
と恥じらいつつ(なにを?)一旦辞退。とりあえず今週いっぱいの様子見である。
「引っ越しの疲れとストレス、あとは食事内容の問題でしょうね。」
「37wですからもういつ産んでもいいですし、いざとなったら産みましょう。」
「ただこれで血圧が下がらなかったらウチでご出産いただくわけにはいかなくて、(近くの総合病院)へ入院していただくことになります。」
などと説明を受けているうちにドンヨリモード。

むくみに効くというスイカ糖を急遽頼んでみたりしているけれど、ああ何やってるんだか。
相方が一週間の夏休みに入ったのですっかり上げ膳据え膳で主夫生活をすべて任せてしまっている。
相方が倒れないか心配だ…。
 
引越し完了…したものの
2007年08月03日 (金) 12:01 | 編集
 お任せパックで楽々しながら引越しは無事終了。
お任せパック部隊の手際のよさったら尋常ではない。なんせ50歳前後のおばさま3人でやってきて「あらーお客様は口だけ出して手なんか出しちゃだめよう~おめでたなんだから~で、いつ生まれるの?そう~暑い時よねーえ、で、女の子?男の子?あらそうー、いいわねえー」なんて言いながら4t弱分の荷詰めを4時間きっかりで終わらせたのだから。
工数1.5人日ったって同じ時間貰っても無理。私には到底無理。
2分ほど話して後ろ振り向いたら段ボールが3つばかりできているのだもの。ナニモノ?!(*)

 (*)荷造り部隊です

 荷詰め完了までゲームでもするか?と用意したDSも、なんだか遊んでいたら罰があたりそうで(?)遊ばず終い。それどころか気付いたらそのDSすら梱包されていた。ひぃ、恐るべし。

 引越し当日ともなると搬出部隊が4~5人でわっさもっさと箱を搬出。
冗談のようだが、あまりに回転が早すぎて一体全部で何人だったのか結局わからずじまいである。
階段など大段ボール抱えたまま走り降りて搬出。
Uはこの日いつもの保育所に預けていたからよかったものの、こんないい勢いの駆け下りを見たら絶対喜び勇んで真似したに違いない。
私たち夫婦も誤って搬出されないよう、部屋の隅でひっそりと息を潜めながら?作業をしていたのだった。

 それにしてもバイトは一切使わないと言っていただけあって、プロ意識は半端ではなかった。
4tトラック1台と見積もっていたのに、あと少しで全搬出という頃になってスペースに余裕がなくなってきたようで、搬出部隊の一人が、リーダーMさんに向かって悲痛な叫びを上げたときのことだった。

「Mさん!もう載りません!」

すると、それまで笑顔で丁寧な対応ぷりを遺憾なく発揮していたMさんの顔が突如夜叉と化し(*)

 (*)いや、まあ夜叉を見たことないんだけども

「載らない、じゃない!載せるんだよっ!」

と叫び返したではないか。
思わず吹きそうに…いや、手を合わせそうにすらなった。

 結局搬出に3時間、搬入に2時間。移動もあわせると6時間ほどで引っ越し完了。
夫婦で旧居に戻って掃除をしたらあっという間にUのお迎え時間となった。
お出かけは旧居から、帰宅は新居へ、だったUはもっと不思議がるかと思っていたが、言い聞かせていたからか大喜びで新居に入っていった。これまた一安心。

 ……と、ここまで書いたのが引っ越し翌日であったが、この日とんでもない事態が発生。
なんと私の脚全体が象のように腫れ上がってしまったのだ。
胎動もあまり感じられず慌てて病院へ飛び込んだところ、いわゆる昔で言う妊娠中毒症か腎盂炎の予備軍となっていたらしい。貧血もひどいらしく、むくみ対処薬と鉄剤を処方され自宅安静を言い渡されてしまった。

お任せパックで楽々していたはずだったのだが…。
気疲れしたのかしらん。

…気疲れするような、性格だったかしらん。

いずれにしろ開梱が全く進まない(*)。

 (*)お任せは、梱包のみ依頼パックであった。

 引っ越し前に荷物を増やすのもイヤだし、出産準備の詰めは引っ越しが終わってから…と思っていただけにちょっと焦る。
といって入院&手術は困るので体力もてあまし気味のUと二人、家に籠もる私である。
ああ、杉並区の子育て支援券が使えればベビーシッターでもお願いして、Uを新しい幼稚園の預かり保育に連れて行ってもらうのになあ…と思う一方で、よくよく考えればその杉並区から引っ越したからこそのこの症状なのであった。

やれやれ。象脚が早く治りますよう。おやすみなさい。 
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